シェイクスピア/安西徹雄・訳『ヴェニスの商人』(光文社古典新訳文庫 2007)

 図書館で光文社古典新訳文庫の棚を見ていたら目に付いたので借りてみた一冊。シェイクスピアの作品を読むのは初めてだったりする。四大悲劇もそのうち読みたい。

ヴェニスの商人 (光文社古典新訳文庫)

ヴェニスの商人 (光文社古典新訳文庫)

あらすじ

 裕福な貴婦人ポーシャへの恋に悩む友人のため、貿易商アントニオはユダヤ人高利貸しのシャイロックから借金をしてしまう。担保は自身の肉一ポンド。商船が難破し全財産を失ったアントニオに、シャイロックはあくまでも証文どおりでの返済を迫るのだが……。

感想

 上記のとおり、友人のために借金をした主人公アントニオは財産を失って返済ができなくなってしまい、彼に恨みのある高利貸しシャイロックが「金はいらねえ、てめーの肉をよこせ。心臓辺りから1ポンド。手っ取り早く言うと死ね」と言い、アントニオの友人達がなんとかして彼を助けようとする、というのが物語の概要。これだけ見るとシャイロックが冷酷無比な悪者であるように見える。実際借金につけ込んで人を殺そうとするのはまぎれもなく悪なのだけれど、シャイロックがアントニオを恨んでいるのには理由がある。この時代のユダヤ人差別は酷いもので、アントニオも当然のようにユダヤ人であるシャイロックを日々ボロクソに言っていたのだ。*1シャイロックに金を借りるシーンでも、アントニオは「俺は友情のために友人に利子無しで金を貸す。だから俺に利子無しで金を貸せ」と言った上にこんな台詞まで吐く。

「おれはこれからも貴様を犬と呼び、唾を吐きかけ、足蹴にもする。私に金を貸すつもりなら、友人に貸すとは思うな。友人なら、子など産まぬただの金属を貸したからとて、利子を生ませた例などどこにある。むしろ仇に貸すと思え。それなら、万一約束を違えた時には、その分、情容赦もなく、違約金を取り立てることもできようからな。」(p.37)

 なんとまあ随分な言い様。その後約束を果たせなくなった彼は情容赦もなく抵当を請求されて窮地に陥ることになるわけだが、それも仕方ないとすら思えてくる。この時代のユダヤ人はこういう扱いで、それを(当時の)普通とするならば、確かにアントニオは正義感が強く情に厚い有徳の士だと言えるだろう。実際劇中では評判の良い人物として描かれている。けれど現代の観点から見るととそう単純には行かない。最終的にアントニオの仲間の活躍で逆に"悪人"シャイロックが酷い目に遭ってハッピーエンド、となるわけだが、やはりどこか納得のいかない部分が残る。ただこれが16世紀末の作品である以上、現代の観点で考えるというのは読み方としてはイレギュラーなんだろうとも思う。どちらにせよ、シャイロックがこの物語で一番複雑で厚みのある人物であるのは確か。こういう深みのある悪役というのは好きだなあ。色々考えさせられるところがあって、なるほど名作と呼ばれるわけだなと思った。単純にお話としても分かりやすくテンポもよくて面白かった。

*1:シャイロックが極端な行動に走るのは、中盤で娘が駆け落ちした上に財産を持ち逃げされたせいもある。色々酷いことが重なって、「ああもうだめだ。せめてこいつだけでも殺す」となってしまった感じ。