森見登美彦『四畳半神話体系』(角川文庫 2008)

四畳半神話大系 (角川文庫)

四畳半神話大系 (角川文庫)

紹介文(公式より)

 私は冴えない大学三回生。バラ色のキャンパスライフを想像していたのに、現実はほど遠い。できればピカピカの一回生に戻ってやり直したい! 四つの平行世界で繰り広げられる、おかしくもほろ苦い青春ストーリー。

感想

 「あの時ああしていれば」と思う事がある。例えば今のこの自分とは別の選択をした自分がいたとして、その自分はこの自分と別の組織に所属したり別の人間と知り合ったりするわけだけど、結局どんな選択をしようとも自分の目の前に開かれる世界の構図はさして変わらないのかもしれない。紹介文にある通り、この物語には大学入学時の主人公が行なった4通りの選択とその結末が描かれている。世界というのは以外と狭く、異なる選択をしたところで目の前に現れるのはいつも同じような面々。友人とは出会うべくして出会うのだし、事件は起こるべくして起こるのだ。現実も案外こういうものなのかもしれない。
 森見氏の作品を読んだのは初めてだったけど、この人は文体が独特で面白いなー。丁寧なようで全力でふざけた軽妙な筆致がページを繰る手を止まらせない。テンポ良くサクサク進む、笑いあり涙無しの実に良質なエンターテイメントでありました。並行世界ものと聞いて少し身構えてしまったけれど、全然そんな必要はなかった。軽い気分で楽しめる作品。残念な思考の主人公を悪の権化たる悪友・小津が振り回し、事態が二転三転するさまは読んでいて非常に面白い。クールなヒロイン・明石さんも魅力的。
 主人公の堕落っぷりと残念な思考には身に覚えがあって共感するが、なんだかんだで色んな人と色んなことやって充実してるじゃないかこんちくしょう、と非リアの僕は思うわけです。ああ、僕も黒髪の乙女とお近づきになってバラ色のキャンパスライフを過ごしたかった。是非ともやり直したいものだけど、異なる選択をしただろう並行世界の僕も残念ながら残念な大学生活を送っているのかもしれない。
 「あの時ああしていればもっと良い今があった」――いいぜ、何でもてめえの思い通りになるってなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す。